Apollonius of Tyre 『タイアのアポロニウス』

11世紀中頃の写本により伝えられる Apollonius of Tyre はもともとラテン語(さらに古くはギリシア語?)で書かれ、後に様々な言語に翻訳され非常に広く読まれた「古代のロマンス」Historia Apollonii Regis Tyri に基づく古英語訳で、古英語期に書き残された唯一のロマンスであり、またこの話が土着語に翻訳されたものの中では最古の時代に遡るものである。恋愛や家族愛等、古英語文学ではあまり扱われないテーマが大きく扱われ、娯楽性が強い作品で、アングロ・サクソン文学の中でも異彩を放つ作品であるといえる。なお、古英語版は恐らく写本の不備のため、オリジナルと比べ、話の途中が大きく抜け落ちている。

アポロニウスのロマンスは、中英語期には John Gower が Confessio Amantis 『恋の告解』(第8巻)で扱っており、また、シェイクスピアの Pericles 『ペリクリーズ』もこの話に基づいている。このように、この話は古代から近代まで読み継がれ、語り継がれた物語なのである(ホームページ内の関連記事も参照)。

以下の拙訳は、Peter Goolden (ed.), The Old English Apollonius of Tyre (Oxford: OUP, 1958) に基づくもので、「古英語ロマンス Apollonius of Tyre」として『駒澤大学文学部英米文学科論集』 46 (2011), pp. 41-76 に掲載された拙論の中の邦訳を多少改訂したものである。

なお、原文中では、「・・・と○○が言った」、「○○が・・・と答えた」等の言葉が繰り返し用いられることがあるが、拙訳においては、読みやすさや日本語としてより普通の文章とすることを心がけ、この種の言葉については省略したところが多い。また、セクション分けは上記の底本に従った。

 

『タイアのアポロニウス』

 

これからお話ししますのは、アンティオキアの悪王とテュロスのアポロニウスにまつわる物語です。

 

I. アンティオキアの町にかつてアンティオクスという王がいた。アンティオキアという町の名もこの王の名から取られたものであった。后とは死に別れていたが、この世に二人といないほどの美しさを誇る大変に器量の良い一人娘がいた。この娘が年ごろになると、多くの有力者たちが彼女を后にしたいと、多くのすばらしい贈り物を送ってくるようになった。そんな折、悲しい出来事が起こった。父王は自慢の娘を誰のもとに嫁がせようかと考えているうちに、な欲望により、自分自身がに恋するようになり、ついには父親としての立場を忘れ、わが娘を妻としたいと望むようになったのである。そして、この欲望はやがてすぐに行動に移された。ある日の早朝に、王は目覚めると娘の寝ている部屋に行き、娘と内密の話がしたいと言って、召使たちに所払いを命じた。そこで王は邪悪な罪に手を染め、抵抗にあって苦労しながらも、力づくで娘を思い通りにした上で、自分の行った犯罪行為を口外しないようにと言いつけた。

 

II. この王女の乳母を務めた女中が部屋にやって来てみると、王女が取り乱した様子で座っていたので、「お嬢様、そのようにお取り乱しになって、どうかなさいましたか」と尋ねた。王女は、「婆や、今日この部屋で二人の高貴な名が汚されました」と言った。女中が、「お嬢様、どなたのことをおっしゃっているのですか」と尋ねると、王女は、「まだ結婚もしていないのに、私は邪な罪によって汚されてしまいました」と答えた。「王様のお怒りに触れることをも恐れずに、お嫁入り前の王女様の純潔を汚すなどという大それたことを誰がしたというのですか」と女中が問うと、「不徳が私に罪深いことをしたのです」と王女は答えた。女中がさらに、「それではこのことを父君にお話してはいかがですか」と言ったところ、王女は、「父上はどこですか。不幸な私の頭からは、父上の名前が惨めにも消え去ってしまいました。かくなる上は最早死んでしまった方が良いのかもしれません」と言った。死んでしまいたいなどという言葉を聞き、女中は穏やかな口調で、そのようなことを望むのを止め、何としても父君のお考えに従うようにと諭した。

 

III. この上なく恥ずべき王アンティオクスは、このようなことを続けつつ、町の人々には、偽りの心で、娘にとって良い父であるかのように見せる一方、親しい間柄の者達の間では、自分の娘の夫となったことを喜んでいた。そして、娘と忌まわしい夫婦の寝床を長く楽しむことが出来るように、また、娘に対し法に則った結婚を申し込んでくる者を追い返すために、(求婚者に対しては)次のように言いながら謎を出した。

 我が謎を正しく解いた者には、我が娘を妻として与えよう。しかし、間違えた者は打ち首だ」。

 もちろんのこと、王女の信じられぬほどの美しさゆえに、あらゆる場所から王や貴族達がやって来て、死をも恐れずにこの謎を解こうと頭をひねった。しかし、彼らのうちの誰かが学識を活かした考察で謎を正しく解いたとしても、正しく解けなかった場合と同じように、斬首刑にされた。そして、(斬首の後の)首はみな門の上に置かれるのであった。

 

IV. まことに、このような調子で、残忍な王アンティオクスは残忍であり続けた。さて、アポロニウスという名の若者がいた。彼は非常に裕福でありなおかつ賢く、テュロスという国の王子であった。彼は自らの知性と学識を信じ、船旅に乗り出し、ついにアンティオキアまでやって来た。彼は王のところまで行き、次のように言った。

「王様、ご機嫌麗しゅう。お聞きください。私は今あなたのことを良き父上、素晴らしき父上と慕ってやって参りました。私はとある王家の者でございますが、王様の娘子様を我が妻としていただきたくお願い申し上げます。」

王は本当に聞きたくないことを聞いて、とても怒った顔つきでこの若い王子に言った。

「若者よ、我が娘の結婚のための条件を知っておるのか。」

アポロニウスは、「条件は存じ上げておりますし、門のところでそれをこの目で確かめました」、と答えた。

王は怒って「それでは謎を聞くがよい。 “Scelere vereor, maternal carne vescor.”」 これはつまり、[1] 「我は罪を負い、母の肉を享受す」という意味である。

さらに王は、「 “Quaero patrem meum, meae matris virum, uxoris meae filiam nec invenio.”」と言った。これはつまり、「我、我が父、我が母の夫、(そして)我が妻の娘を探すが、見つからず」という意味である。謎を聞くと、アポロニウスは王の前からしばらく退がり、そうすることで謎の意味について思案を巡らせ、その結果、その知性故にその意味を理解し、神の助けによって真実を悟った。そこで、彼は王のところに行きこう言った。

「善良なる王様。あなた様は謎をお出しになりました。それに対する答えをお聞きください。あなた様が罪を犯したとおっしゃったことに関しては、あなた様は偽りを言ったわけではありません。あなた様ご自身のことをお考えください。また、あなた様は『我、母の肉を享受す』とおっしゃいましたが、これについても偽りをおっしゃっていたわけではありません。あなた様の娘様のことをお考えください。」

 

V. このようにアポロニウスが謎を正しく解き明かすのを聞くと、王はこのことが広く知れ渡ることを恐れた。王は怒ったような顔つきでアポロニウスに言った。

 「若者よ、大外れじゃ。そなたは間違っておる。そなたの言っていることは意味をなさぬではないか。それでは打ち首になるぞ。謎に対する正しい答えを考えだし、我が娘を妻とすることが出来るよう、これからそなたに30日間の猶予をやろう。しかし、もしこの申し出に従わないのであれば、予め定めた取り決めに従うまでだ。」

アポロニウスは恐ろしくなり、従者達と共に船に乗りテュロスに辿り着くまで船を進めた。

 

VI. アポロニウスが去った後、アンティオクス王はタリアルクスという名の家来を呼び、言った。

「我が秘密の全てを知る最も忠実なる家来、タリアルクスよ、アポロニウスが我が謎を正しく解いたということはそなたも知っておろう。すぐに船に乗り、奴の後を追い、奴のもとに着いたら、剣なり毒なりで奴を殺すのだ。さすれば、そなたが戻りし折には、そなたに自由をやろう。」

この言葉を聞くとすぐに、タリアルクスは金と毒とを持ち、船に乗り、罪のないアポロニウスの後を追い、ついに彼の国に辿り着いた。アポロニウスは既に自分の家に着いており、家の中に入るや、書庫を開け、あらゆる哲学者やカルデア人達の知恵に照らしながら、[2] 謎の答えを考えた。そして、彼が以前考えた答え以外にはないと分かった時、自らに向かってこう言った。

「さあどうする、アポロニウス。あの王の謎に対する答えを出したものの、彼の娘を娶ることは出来なかった。ということは、殺されることが宣告されているということだ」。

彼は家の外に出ると、穀物、多くの金や銀、それに十分に多くの衣服を船に積むよう命じ、最も信頼できる数人の家来と共に、夜中の三の刻に船に乗り、航海の旅に出た。

 

VII. 翌日、(人々が)アポロニウスの行方を捜し、消息を尋ねるも、彼はどこにも見当たらなくなっていた。(人々は)大いに悲しみ、大いに泣き、そのため、町中に嘆きの声が響いた。町に住む人々はみな彼を大変愛していたので、皆長い間、散髪もせず髪をのばし放題にし、劇の上演も自粛し、浴場も閉鎖された。テュロスがこのような様子の時に、アポロニウスを殺すためにアンティオキアからかの王に派遣されたタリアルクスがこの町に到着した。あらゆる建物が閉じられているのを見た彼は、一人の少年に尋ねた。

「ご機嫌よう。この町は何故こんなに酷く嘆き悲しんでいるのか教えてはくれまいか」。

この少年は次のように答えて言った。「ああ何と悪いお方だ。ご自分が何をお尋ねになっているのか(本当は)分かっていらっしゃるのでしょう。アポロニウス王子がアンティオキアの王様のもとから戻ってすぐに、どこにもお姿が見えなくなってしまったために、この町が悲しみに暮れているということを知らない人などいましょうか」。

これを聞いてタリアルクスは大いに喜び、船に向かい、船に乗って一日のうちにアンティオキアに帰り着き、かの王のところに行き、次のように言った。

「我が主君たる王様、お喜びください。アポロニウスはあなた様の王国の力を恐れるあまり、最早何処にも留まっていることが出来ないのです」。

すると王は、「たとえ逃げ出したとしても、逃げおおせることは出来ぬぞ」と言った。

そして、アンティオクス王は次のような触れを出した。「アポロニウスを生きたまま我がもとに届けた者には、50ポンドの金を与える。また、この者の首を届けた者には、100ポンドの金を与える」。

このお触れが出されると、アポロニウスの敵のみならず味方までもが欲に目が眩み、彼の後を追うべく、山岳地帯であれ、森林であれ、人里離れた場所であれ、彼を探してあらゆる土地を巡ったが、彼はどこにも見つからなかった。

 

VIII. 王はまた、船を用意して彼を追うようにと命じたが、船の用意が出来るまでには大分時間がかかり、その間にアポロニウスは既にタルススまでやって来ていた。ある日彼が海岸近くに行った際、この地に初めてやって来た顔見知りのヘラニクスに出会った。彼はアポロニウスの方にやって来て言った。

「ご機嫌麗しゅう、アポロニウス様。」

アポロニウスは、権力者がよくするように、身分の低い者の挨拶を無視した。ヘラニクスはすぐにもう一度挨拶して言った。

「ご機嫌麗しゅう、アポロニウス様。どうか、礼儀作法を身につけた平民を軽蔑しないでくださいまし。それより、まだあなた様ご自身がご存じないことをお知らせいたしましょう。あなた様には、今まさに大変な危険が迫っております故、身辺にはお気をつけください。あなた様は罪人とされているのです。」

「我が国の王子であるこの私を、誰が罪人呼ばわり出来ると言うのか。」

「アンティオクス王です。」

「いかなる理由で私のことを罪人呼ばわりしているのだ?」

「あなた様が父親であるかのように振舞おうとされたためです。」[3]

「その罪は重いのか?」

「あなた様を生きたまま王様のもとへ届けた者には金50ポンドが与えられます。また、あなた様の首を届けた者には金100ポンドが与えられます。そういうわけですので、お逃げになって御身をお守りになることをお勧めいたします」。

こう言うと、ヘラニクスはその場を去って行ったが、アポロニウスは彼を呼び戻すよう命じ、(彼が戻ってくると)こう言った。

「(この一件について)私に忠告をするとは、そなたは(自らにとって)最悪のことをしたものだ。さあ、この金百ポンドを受け取るがよい。そして、アンティオクス王のもとへ行き、我が首をはねたと言って、かの王を喜ばせてやるがよい。さすれば、褒美を手にし、罪なき血で手を穢すこともない。」

「ご主人様、この一件に関し、あなた様からご褒美を頂こうとは思いませぬ。善良なる者には、金も銀も、善良なるお方との友情とは比べ物にならないからです。」

このような会話の後、彼らは別れた。

 

IX. それからすぐに、アポロニウスはストラングイリオーという名の別の知人に会いに行った。

「若き主アポロニウス様、そのような心穏やかならぬご様子で、この地で何をしていらっしゃるのですか?」

アポロニウスは答えて言った。「伝え聞くところによると、私は犯罪者として手配されているとのことである。」

「誰があなた様を罪人呼ばわりしているのですか。」

 「アンティオクス王だ。」

 「理由は何なのでしょうか。」

 「彼の娘に我が妻となって欲しいと求婚したからである。もっとも、彼女は実は王自身の妻だと言えるのであるが。そういうわけで、もし可能であれば、そなたのもとに身を隠したいと思っておる。」

 「アポロニウス様、我らが町は困窮しており、高貴なあなた様に相応しいおもてなしが出来ません。私たちは今、この上なく過酷で悲惨な飢饉に苦しんでおり、我が町の民が救われる希望もありません。最も悲惨な死が我々の目の前に立ちはだかっているのです。」

 「我が最愛の親友ストラングイリオーよ、神が私を放浪者としてそなたの土地へと導いたことについて、神に感謝するがよい。もしも放浪の身である私のことを内密にしてくれれば、そなたの市民達に十万ブッシェルの小麦を与えよう。」

 これを聞くと、ストラングイリオーはアポロニウスの足元にひれ伏して言った。

「アポロニウス様、飢えに苦しむ市民達をお助け下さるのなら、我らはあなた様の逃亡生活について内密にするだけでなく、必要とあらば、あなた様をお救いするために戦います。」

 

X. すると、アポロニウスは通りにある法務官用の高壇に上り、そこにいた市民達に言った。

「タルススの民よ、我、テュロスの王子アポロニウスは、そなた達がこれから申す恩義を忘れず、我が逃亡について内密にしてくれるものと信ずることをここに宣言する。我はアンティオクス王により我が国を追われたのであるが、助けを与えてくださる神様のお導きで、そなた達の幸せのためにここにやって来たということも知っておいてもらいたい。そなた達には、十万ブッシェルの小麦を、我が国でこれを買ったのと同じ価格でお分けしよう。」

人々はこれを聞くと、喜びに満ち、彼に感謝し、熱心に小麦を運んだ。アポロニウスは高貴な王家の者としての地位を捨て、恩人としてよりむしろ商人として名を得た。そして、小麦を売って得たお金は、すぐにこの町の救済のために使った。人々は彼の厚意を大変喜びまたこれに大変感謝したので、彼の銅像を作りこれを通りに設置した。右手に小麦をつかみ、左足で升を踏む姿の銅像には、次のような言葉が刻まれた。

「これはタルススの市民がテュロスのアポロニウスに送りしもの也。彼、我らが民を飢餓より救いこの町を再興させし故なり。」

 

XI. この後数カ月のうちことである。ストラングイリオーとその妻ディオニシアーデはアポロニウスに船でキレナイカの町ペンタポリスに行き、そこに身を隠しつつ住んではどうかと助言した。人々は言葉では言い表せぬ程の敬意を払いつつ彼を船のところまで送ると、アポロニウスは皆に挨拶し船に乗り込んだ。一行が船を漕ぎ出し、旅路を進み始めると、突然穏やかな海の様子が一変し、二時間の間激しい嵐となり、海は天の星を打つ勢いで荒れ、逆巻く波が風で唸り声を挙げた。北東からの強風に吹かれ、また、恐ろしい南西からの風に晒され、船はばらばらになった。

 

XII. この恐ろしい嵐の中で、アポロニウスの仲間達は皆死に追いやられ、アポロニウスは一人、泳いでキレナイカのペンタポリスを目指し、そこに着くと岸に上がった。アポロニウスは裸で海辺に立ち、海を見てこう言った。

「ああ、海よ、ネプチューンよ、人から盗みを働く者、罪なき者を騙す者よ、お前はアンティオクス王よりも残忍だ。お前が我が持ち物と引き換えに、私自身に対しては残忍になることを控えたために、私は憐れな文無しとなり、この上なく残忍なかの王にとっては、私をより容易く滅ぼすことが出来るようになった。これから一体どこへ行けようか。誰に助けを求めることが出来ようか。また、誰が見知らぬ者を助けてくれようか。」

このような独り言を言っていると、突然一人の漁師が通りかかるのが見えたので、彼の方に向かって悲しげにこう言った。

「ご老人、あなたがどなたであれ、どうか憐みを。着る物もなく、私は難破して漂流してきた者ですが、生まれは決して卑しい者ではありません。私にどうか憐みを。憐みをかけようとしているのが誰か、はっきりお示ししておけば、私はテュロスの王子アポロニウスです。」

この若い男が足元にひれ伏すのを見るとすぐに、漁師は憐れに思い、彼を起き上がらせると、家に連れて帰り、彼のためにご馳走を用意した。それから、彼は更なる親切心を働かせ、自分のクロークを二つに引き裂き、その一方をアポロニウスに与えてこう言った。

「これを差し上げましょう。持ってお行きなさい。そして町にお行きなさい。誰か憐みをかけてくれる人に会えるかもしれないので。しかし、誰も憐みをかけようとしなければ、ここに戻っておいでなさい。私の少ない持ち物で我ら二人何とかしましょう。そして、私と共に漁に出ましょう。ただし、もし神のご加護によりかつての栄誉を回復するようなことがあれば、その時は、(あなたに与えた)私の貧しい着物のことを忘れず覚えておいていただけるようお願いしますよ。」

アポロニウスは答えて言った。「状況が好転したらあなたのことを忘れてしまうなどということがあれば、私はもう一度難破し、今度は二度とあなたの様なお方に会えない(という憂き目に遭った)方がましです。」

 

XIII. こう言うと、彼は教えられた道を進み、町の門まで歩き、この門をくぐって町に入った。自身の身の保護を誰に求めたものかと思案していると、通りの向こうに裸の男が走っているのが見えた。この男は(体に)オイルを塗り、タオルをまとい、浴場で若者が行う競技のための道具を手に持っており、次のようなことを大声で言っていた。

「この町にお住まいの方、異国のお方、自由な身分の方に奴隷諸君、高貴なお方にそうでない方も、公衆浴場が開きましたぞ。」

アポロニウスはこれを聞くと、身に着けていたあの半分だけのクロークを脱ぎ、浴場に入って行った。そこで人々が各々思い思いのことをしているのを見ると、アポロニウスは自分と同等の身分の者がいないか探したが、人々の中にそのような者は見当たらなかった。

その時突然、ここにいる人々全ての王、アルケストラーテスが、非常に多くの家来を連れてやって来て風呂に入った。そして王は仲間たちとボールを使った競技をし始めた。アポロニウスは神のお望みになるまま、王達の行っている競技に飛び入りし、走ってボールに追いつくと、すごい速さでボールを王のもとに打ち返した。その後も彼はボールを打ち返し続けた。彼は非常に素早くボールを打ったため、決してボールを落としたり逃したりすることはなかった。王はこの若者の素早い動きを見て、この競技でこれほどの腕を持つ者は見たことがないと思い仲間に言った。

「お前は向こうに行っておれ。見たところ、あの若者はわしと対等に渡り合えそうじゃ。」

王が自分のことを褒めていると聞くと、アポロニウスは素早く走って王の近くに行き、慣れた手つきでコマを回したが、その回転は非常に早く、王が老齢から若返ったかのような錯覚を覚えるほどであった。[4] そしてその後、王が玉座に着くと、アポロニウスは申し分なく王に尽くした。その後、風呂から出る段になると、王はアポロニウスの手を引き、元来た道を戻って行った。

 

XIV. アポロニウスが去った後、王は家来達に言った。

「皆の幸運にかけて言うが、わしはこれまで、いかなる若者が仕えていようとも、今日ほど満足な気分で風呂に入ったことはない。」

それから、家来のうちの一人に向かって言った。

「今日かくも満足にわしに仕えたあの若者が誰なのか、調べてまいれ。」

そこでこの家来はアポロニウスのもとに出かけて行った。そうしたところ、アポロニウスが汚いクロークを来ているのを見つけたので、この家来は王のもとに戻って言った。

「王様がお求めのあの若者は、難破して漂着した者です。」

「どうしてそのようなことが分かったのか。」

「彼がそう言ったわけではありませんが、服が彼の正体を示しています。」

「すぐに彼のもとに行き、王が宴席に来るようにと言っていると伝えよ。」

アポロニウスは、この言葉を聞くと、これに従い、使者と共に王の広間のところまでやって来た。使者は王の前まで進んで行き言った。

「王様がお呼びの難破した男が到着しましたが、着る物がないことを恥じて中に入れないようです。」

そこで王は、すぐ彼にしっかりした服を着せるようにと命じ、アポロニウスには宴席に加わるようにと命じた。アポロニウスは広間に入り、促されるまま王の向かいに腰を下ろした。食事が運ばれ、その後には豪勢な酒宴が行われた。一同は食事をして楽しんだが、アポロニウスは何も食べず、金や銀、高価な衣服やテーブル、豪華な食事を眺めていた。アポロニウスがこれら全てを悲しい気持ちで眺めていた時、王の隣には年老いて妬み深い副王がいた。彼は、アポロニウスが悲しそうな様子で座り、全てを見ているだけで何も食べないと見ると、王に向かってこう言った。

「偉大なる王様、ご覧ください。あなた様がこれほどまでにおもてなししているこの者は、あなた様の富を妬んでおります。」

「それは考え違いだ。この若者は、ここで見たものに対し、何ら妬みを覚えているわけではない。彼は多くのものを失ったということを示しているのだ。」

それから、アルケストラーテス王は陽気な顔でアポロニウスに向かって言った。

「若者よ、我らと共に楽しみ、より幸せになれるよう、神に祈るのだ。」

 

XV. 王がこう言った時、王の若い娘が広間に入って来て、父王にキスし、テーブルに着いた。彼女はアポロニウスのところにやって来た後に父王のところに戻り言った。

「善良なる王にして私の最愛のお父上、お父様の向かいの大変名誉ある席に悲しそうな顔をして座っているこの若者はどなたですか。彼が何を悲しんでいるのかも分かりません。」

「愛しい我が娘よ、この若者は難破して漂着して来たのであるが、(浴場での)競技でわしを最も喜ばせたため、我らの酒宴に招待したのじゃ。彼が誰でどこから来たのかは知らぬが、それを知りたいのであれば、尋ねてみるがよい。それを知っておくのも悪いことではないでの。」

そこでこの娘はアポロニウスのところに行き、敬意のこもった言葉でこう述べた。

「あなた様は悲しそうに塞ぎこんでおられますが、高貴なお生まれの方とお見受けいたしました。あまりにもお辛いというのであれば別ですが、よろしければ、あなた様のお名前と身の上についてお話しいただけませんでしょうか。」

「もし我が名を知る必要があってお尋ねなら、私はそれを海で失ってしまったとお答えいたしましょう。私の高貴な家柄についてお知りになりたいのであれば、私はそれをタルススに置いてきてしまったとお答えいたしましょう。」

娘はこれに応えて言った。「私に分かるように、もっとはっきりと話していただけませんか。」

 

XVI. アポロニウスはこの娘に彼に起こったこと全てを話し、話の最後には目から涙を流した。王はこれを見ると、娘のところに行き言った。

「愛しい娘よ、そなたは罪なことをしたものだ。彼の名と身の上を知りたいがために、彼に昔の悲しみを思い出させてしまったのだ。さあ、何でもそなたが良いと思うものを彼に与えるがよい。」

この娘は、自分がしたいと思っていたことをしてよいとの父の言葉を聞くと、アポロニウスに次のように言った。

「アポロニウス様、あなた様は私達一族の一員です。悲しみをお鎮めください。父上からの許しを得ましたので、十分な財産を差し上げましょう。」

アポロニウスは彼女に感謝し、王は娘の親切心を嬉しく思いつつこう言った。

「愛しき娘よ、そなたのハープを持って来させ、友を呼び、この若者から悲しみを取り除いてやるがよい。」

そこで彼女は広間から出て行き、ハープを持って来させた。彼女はハープを弾きはじめるとすぐに、ハープの音に合わせて心地よい歌をうたった。すると全ての人々が彼女の演奏技術を称賛し始めたが、アポロニウスだけは黙っていた。そこで王は言った。

「アポロニウスよ、今度はそなたが礼を失した行いをしておるぞ。皆の者が我が娘の演奏の腕前を称賛しておるというのに、そなた一人だけが沈黙することで彼女を否定しているからだ。」

「ああ、偉大なる王様、畏れながら申し上げますが、お嬢様は演奏に大変注意を払っているようではございますが、これを正しく身に付けてはおられません。私にハープをお与え下されば、あなた様がまだお分かりでないことを教えて進ぜましょう。」

アルケストラーテス王は言った。「アポロニウスよ、まことに、そなたはあらゆることによく通じておるようじゃの。」

そして王はアポロニウスにハープを与えるように命じた。アポロニウスは広間から出て行ったが、頭に花輪を付け、手にハープを持って広間に戻って来て、王や同席していた一同が彼をアポロニウスではなく異教の神アポローンかと思うような姿でそこに立った。[5] 広間の中は静まりかえった。アポロニウスはプレクトラム(演奏用のつめ)を取ると、巧みに弦を弾き始め、ハープの音に合わせて心地よい歌をうたった。王自身もそこにいた一同も、大きな声を上げて彼を称賛した。この後、アポロニウスはハープを置き余興を披露したり、多くの美しい音楽を演奏したりした。一同にとって、これらは馴染みのない珍しいものばかりであったが、彼の演奏を一同は大変気に入った。

 

XVII. 王の娘は、アポロニウスがあらゆる技芸に非常によく通じていると知り、彼を愛するようになった。酒宴の終わった後、娘は父王に言った。

「私の大切なお父様、先程お父様は、宝の中から何でも私の好きなものをアポロニウス様に与えてよいとおっしゃってくださいましたね。」

アルケストラーテス王は彼女にこう言った。「何でも好きなものを彼に与えるがよい。」

彼女はとても喜び、部屋を後にし、(アポロニウスのもとに行って)こう言った。

「アポロニウス先生、お父上の許しを得て、あなた様に金二百ポンド、銀四百ポンド、多くの高価な衣服、そして二十人の召使を差し上げます。」

そして、召使たちに向かってこう言った。

「我が師アポロニウス様に差し上げると約束したこれらのものを持って来て、この部屋にいる我が友人達の前に置きなさい。」

王女の命令に従ってこの通りのことが行われると、贈り物を見た者達は皆これを褒め称えた。そして、酒宴は終わり、人々はみな席を立ち、王と王女に言葉をかけ、別れの挨拶をしてから家路に着いた。アポロニウスも次のように言った。

「偉大なる王にして憐れな者に慈悲を与えてくださるお方、それに学びを愛する王女様、ごきげんよう。」

彼はまた、王女に与えられた召使達に向かって言った。

「王女様から頂いたこれらのものを運んでくれ。我らが今夜泊る宿に向かおう。」

すると、王女は、今後またいつアポロニウスに会えるか分からないことを不安に思い、父王のところに行きこう言った。

「偉大なる王様、本日私達はアポロニウス様に多くの宝を差し上げましたが、このままアポロニウス様がお帰りになられると、悪い者達がやって来て、宝を奪うなどということが起こるやもしれないとはお思いになりませんか。」

すると王は、「よくぞ気が付いた。アポロニウスが最も快適に宿泊できる場所を探すよう取り計らうがよい」と言った。王女は命じられた通りにし、アポロニウスは用意された宿に泊まることになり、王家の者に相応しい尊厳と慰めとを享受することを許した神に感謝しつつ宿に入った。

 

XVIII. 一方、王女の方は、先程聞いたアポロニウスの言葉や歌によって愛の心が燃え上がり、落ち着かない夜を過ごした。(翌日)昼になるまで待ち切れず、夜明けとともに父王のベッドのところに行った。王は尋ねて言った。

「愛しい娘よ、なぜかくも早くに起きたのだ。」

王女は、「昨日目の当たりにした素晴らしい技芸の数々のために目が覚めてしまったのです。そこでどうかお願いです、客人であるアポロニウス様のもとで学ばせていただけませんでしょうか。」

すると王はとても喜び、アポロニウスを呼んで来させ、彼に向ってこう言った。

「我が娘が、そなたのもとで卓越した教養を身につけたいと望んでおる。もしこれを聞き入れてくれるのであれば、我が国の威信にかけて、そなたが海で失ったいかなるものでも、わしが陸上で回復して差し上げることを誓おう。」

アポロニウスはこれを聞くと、王女を教え子として受け入れ、自らの知識を尽くして彼女を教えた。

 

XIX. この後数時間のうちに、アルケストラーテス王はアポロニウスの手を取って、町の通りに出た。するとすぐに、彼らの方に三人の高貴で賢い者達がやって来たが、彼らは以前から王の娘を妻にしたいと欲していた。三人は声をそろえて王に挨拶をした。王は微笑みながら彼らに向かってこう言った。

「三人で声をそろえて挨拶に来るとはどうしたことか。」

彼らのうちの一人が答えて言った。「我々は大分以前からお嬢様に求婚しておりますが、王様はいつも(返答を)先延ばしして私達をやきもきさせていらっしゃいます。そこで、今日我々は三人そろってここにやって来ました。我々はあなた様の町の住人で、由緒正しき家の出の者です。王様におかれましては、我々三人のうちから、義理の息子としたいとお思いになる者一人をお選びいただきますようお願いいたします。」

すると王は言った。「今は間が悪い。我が娘は今習い事にかかりきりなのだ。しかし、これ以上お待たせしないためにも、まず各々方のお名前と、結納品(の内容)とを書きとめていただきたい。それをわしが娘に届ければ、娘は自ら思うまま、各々方のうちよりおひと方を選ぶことが出来よう。」

この若者達は言われた通りにし、王は書かれたものを受け取ると、それに自らの指輪で印を押し、これをアポロニウスに渡して言った。

「アポロニウス師、もし差し支えなければ、これをあなたの生徒のところに持って行っていただけまいか。」

 

XX. アポロニウスはこれらの文書を受け取り、王宮の広間へと向かった。王の娘はアポロニウスを見るとこう言った。「先生、何故お一人でおられるのですか。」

アポロニウスは、「お嬢様、・・・[6] お父様から預かったこれらの文書をお受け取りになりお読みください」と言った。娘はこれを受け取り、三人の若者の名前を見たが、そこに彼女の望む者の名はなかった。彼女は文書に目を通すと、アポロニウスに向かって言った。

「先生、私がこのようにして夫を選んだとしても、先生は悲しく思われませんか。」

「いいえ。お嬢様が私のところでお学びになった知識を用いて、彼らのうちのどなたを選ばれるかをご自身でめることが出来るとすれば、私にとっては至上の喜びです。お嬢様が良いと思うお方を選ばれるのが良いと存じ上げます。」

「ああ先生、私のことを愛してくださっていれば、お困りになったことでしょうに。」

こう言うと、彼女は意を決して返事を書き、これに印章を押した上でアポロニウスに渡した。アポロニウスはこれを持って通りに出て、これを王に渡した。返答には次のように書かれていた。

「偉大なる王様にして我が親愛なるお父上、あなた様の寛大なお心で、(結婚相手として)どのお方が良いか私自身で選ぶことをお許しくださいましたが、実を言いますれば、私はあの難破して漂着したお方を選びとうございます。慎み深い私が恥知らずにもこのようなことを書くとはと驚かれるかもしれませんが、私自身では恥じて言えぬことを、いかなる恥をも感じない蠟(板)を用いて申し上げさせていただいた次第です。」[7] 

 

XXI. 王はこれを読んだ時、難破して漂着した者と娘が呼んでいる者が誰なのかがよく分からなかった。そこで、王は三人の男達に向かってこう言った。

「あなた方のうちのどなたが難破して漂着されたお方か。」

すると、三人のうちの一人で、アールダリウスという名の者が、「それは私です」と言った。もう一人がこれに応えて言った。

「お前は黙っていろ。お前など病気にかかって体調を崩し苦しむがよい。お前は私と共に学び、私と一緒の時以外は町の外に行ったことなどないではないか。そのお前がどこで難破したというのか。」

彼らのうちのいずれが難破して漂着したのか分からなかったので、王はアポロニウスに向かって言った。

「アポロニウス、これを手に取り読んでみよ。娘のところにおったそなたは、わしが知らぬことを知っておるやもしれぬでの。」

アポロニウスはこれを手に取り読むと、すぐに自分が王の娘に愛されているということを知り、顔全体を赤くした。王はこれを見ると、アポロニウスの手を引き若者達から少し離れたところに行き言った。

「難破して漂着した者とは誰か分かったか。」

「偉大なる王様、王様がお望みでしたら、それが誰か知っております。」

アポロニウスが顔一面を薔薇のように赤くするのを見ると、王はその先の言葉を察して次のように言った。

「喜べ、喜べ、アポロニウスよ。我が娘はわしが望むことを望んでおるのじゃ。まことに、神様のご意思以外の何ものも、このようなことを引き起こすことは出来ぬであろう。」

アルケストラーテス王は三人の若者に向かって言った。

「やはり先程そなた達に言ったように、そなた達は我が娘に求婚するには間の悪い時にやって来たようじゃ。娘が習い事から解放されたら、その時はまたそなた達にご連絡いたそう。」

この言葉を聞き、三人は家に帰って行った。

 

XXII. それから、アルケストラーテス王は、客人としてではなくまるで義理の息子であるかのような様子でアポロニウスの手を引いて歩いた。少しして、王はアポロニウスの手を離し、娘のいる部屋に一人で入って行きこう言った。

「愛しい娘よ、そなたは夫として誰を選んだのか。」

娘は父の足元にひれ伏して言った。

「寛大なるお父上、娘の願いをお聞きください。私が愛しているのは、不運に翻弄され、難破して漂流してきたあのお方です。曖昧な言葉を使わずに申し上げれば、我が師アポロニウス様を夫としとうございます。お父上が私をアポロニウス様のもとに嫁がせて下さらなければ、もう娘はいないものとお思い下さい。」

王は娘の涙を見るに忍びず、娘を抱き起こすとこう言った。

「愛しい娘よ、何も心配せんでよい。そなたはわしが大いに気に入った男を選んだのじゃ。」

それから王は部屋を出るとアポロニウスに向かって言った。

「アポロニウス師、娘の心中は確かめた。娘は泣きながらわしにいろいろなことを言ったが、その中でこのようなことを言っておった。『父上はアポロニウス様にこう誓いました。習い事に関して、彼が私の願いを聞き入れれば、海が彼から奪ったものは何でも、お父上が回復してやろうと。アポロニウス様はお父上の命令、そして私の希望通りの事をしてくださいましたので、私は彼を追い・・・』。」[8]

 

・     ・     ・     ・     ・[9]

 

XLVIII. ある王とその義理の息子とその娘が多くの贈り物を持ってやって来たということがその地の主に知らされた。[10] これを聞くと、女神官は豪華な衣服で着飾り、紫の上着をはおり、金や宝石で頭を飾り、一群の女性に伴われて王のところにやって来た。彼女は非常に美しく、また、純潔を愛したため、彼女ほど女神ディアーナのお気に召す者はいないと皆が口々に言っていた。[11] アポロニウスは女神官を見ると、義理の息子と自らの娘と一緒に彼女に駆けより、三人とも彼女の足元にひれ伏し、その素晴らしい輝きと美しさゆえに、彼女こそ女神ディアーナなのではないかと感じた。聖所が開かれ、ご進物が運び込まれ、アポロニウスが話し始めた。

「私はテュロスの生まれで、子供のころよりアポロニウスと呼ばれてきました。物心がついた頃より、王や貴族の行うことで私の知らないことは何もありませんでした。私はアンティオクスの王の娘を妻とするために彼の出した謎を解きました。しかし、彼自身はこの上なく不潔にも(自らの娘と)結ばれ、私を殺そうと謀りました。これを逃れると、海で難破しキレナイカに漂着しました。その地では、アルケストラーテス王が私を大変気に入ってくださり、やがてすぐに王様は一人娘を私の妻としてお与えになるほどでした。妻は私と共に我が王国を治めるべく帰国の途に就き、今あなた様、ディアーナ様、の目の前におりますこの娘を船の上で産み、その際に命を落としました。私は妻を王家の者が着る衣服や金で飾り、彼女(を入れた棺)を見つけた者には、彼女を立派に埋葬してもらいたいと棺に書きつけ、我が娘の世話をあの最悪の者達に任せました。それから私はエジプトの地に行き、十四年の間悲しみに暮れておりました。その後、我が娘が死んだと言う者達に会い、悲しみがまた新たになったのでした。」

 

XLIX. アポロニウスがこれら全てを話したところで、(女神官の姿をした)彼の妻アルケストラーテは立ち上がり、彼を抱きしめた。彼にはそれが自分の妻であるとは分からなかったし、またそうだと信じることも出来なかったので、彼は彼女を押しのけた。彼女は泣きながら、大声で呼びかけて言った。

「アルケストラーテです。あなたの妻で、アルケストラーテス王の娘です。あなたは私を教えてくださった先生、アポロニウス様。あなたは難破して漂着したお方で、私は肉欲ではなく知性ゆえにあなたを愛しました。我が娘はどこですか。」

彼はターシアの方を向き言った。「娘はここだ。」

彼らは皆嬉し涙を流し、この地のあらゆる人の間で、高名なアポロニウス王が妻と再会したということが語られ、大変な喜びが湧き上がり、楽器が演奏され、トランペットが吹きならされ、王と人々との間で幸せな酒宴が用意された。そして、女神官として彼女の後を継ぐ者を任命すると、エフェソスの全ての乙女たちが喜びまた悲しんだことに、彼女は、夫アポロニウス、義理の息子、実の娘と共に、アポロニウスが支配下に収めたアンティオキアに向かって出発した。

 

L. それから、アポロニウスはテュロスに向かい、そこで義理の息子アテナゴラスを王とした。そこから妻と娘と共に王家の軍隊を率いてタルススに行き、すぐにストラングイリオーとディオニーシアを捕え、彼の玉座の前まで連れて来るようにと命じた。彼らが連れて来られると、アポロニウスはそこに集まっていた一同の前で言った。

「タルススの市民達よ、このアポロニウスがそなた達に何か害を為したことがあるか言うてみよ。」

すると彼らは皆口をそろえて言った。

「我らは常に、あなた様は我らの王であり父で、我らを飢餓から救ってくださったあなた様のためであれば、喜んで死ぬ覚悟があると言ってきました。」

アポロニウスは言った。「わしは我が娘をストラングイリオーとディオニーシアに託したが、彼らは娘を返そうとしないのだ。」

すると、この悪妻が「上様、ご自身で彼女の棺に書かれた言葉をお読みになったのではないのですか」と言った。

アポロニウスは、非常に大きな声を上げてこう言った。

「愛しい娘ターシアよ、もし地獄において五感が少しでも働くなら、地獄の家から出て来て父の声を聞くがよい。」

娘は王家の者が身に着ける衣服を着て前に出て、頭を出して大声でこの悪妻に言った。

「ごきげんよう、ディオニーシア。今、地獄から呼び出されてあなたに挨拶に来ました。」

この邪悪な妻は、彼女を見ると、手足を震わせたが、一方、町の人々は驚きつつも喜んだ。それからターシアはディオニーシアに仕える管理人に前に出るようにと言い、彼にこう言った。

「セオフィルスよ、自らの身を守るために、私を殺すよう命じたのが誰か、大きな声で言いなさい。」

すると管理人は、「我が主ディオニーシア様です」と言った。

そこで、町人たちはストラングイリオーとその妻を町の外に連れて行き、石を投げつけて二人を殺した。彼らはセオフィルスをも殺そうとしたが、ターシアが間に入ってこう言った。

「そもそも私が神様にお祈りすることをこの男が許さなければ、私はこのような恩恵を受けることもなかったでしょう。」

そして彼女はセオフィルスに手を伸ばし、危害の及ばないうちに(この国を)去るよう命ずると同時に、かの悪妻の娘フィロテーミアを養子にした。

 

LI. アポロニウスは人々が喜ぶような多くの贈り物をし、また、町の防壁が再建された。ここに彼は六カ月留まり、それから船でキレナイカの町ペンタポリスに行き、アルケストラーテス王のもとを訪れた。年老いた王は、娘の夫(アポロニウス)と共に姪に会えて喜んだ。彼らは丸一年共に暮らし、その後、アルケストラーテス王は皆のいるところで、老衰のため亡くなり、王国の半分をアポロニウスに、あとの半分を自分の娘に遺した。

 これら全てがこのように行われた後、かの高名なる王アポロニウスは海辺に行くことがあった。そこで彼は、かつて裸の彼をかくまったあの年老いた漁師を見かけた。王はすぐに彼を王宮の広間へ招待するよう命じた。戦士達が彼を呼びに来たのを見て、漁師は最初誰かが彼を殺そうとしているのかと思った。しかし、彼が王の広間に着くと、王は彼を王妃のところへと導いて行きこう言った。

「ああ、幸福なる我が妻よ、彼こそ我が旗手である。彼は裸の私をかくまい、そなたのところに行くようにと助言してくれたのだ。」

それから、アポロニウス王は漁師を見て言った。

「ああ、親切なるご老人、私はあなたのクロークを半分いただいたテュロスのアポロニウスです。」

王は彼に金で二百ペニー与え、彼の命ある限り家来とすることにした。アンティオクス王が彼についてどのような判決を下したかを知らせたヘラニクスもまた彼のところにやって来て、王にこう言った。

「我が主なる王様。覚えておられますか。あなた様の僕ヘラニクスです。」

するとアポロニウスは彼の手を取り、彼を抱き上げてキスし、宝を与えて家来に加えた。

 これら全ての後、アポロニウス王は妻との間に息子をもうけ、彼の祖父アルケストラーテスの王国の王とした。そして、彼自身は妻と共に七七年の間、満足な暮らしをし、アンティオキアとテュロスとキレナイカの王国を支配した。彼は当初身に起こった不幸の後はずっと穏やかで幸せな生活をした。彼は自分の経験について二冊の本を著し、一冊はディアーナの神殿に、もう一冊は図書館に献呈した。

 

 これでテュロスのアポロニウスの苦悩と幸福の話は終わりである。興味がある方は読んでいただきたい。この話を読んだ方には、翻訳について苦言を呈するのは控えていただき、批判すべきところはいかなるところであろうと、これを隠すようにしていただきたくお願いする。[12]

 

 



 

[1] 「これはつまり」と訳した部分は、古英語原文では、「英語では」という言葉が使われているが、和文中においてより適切な表現となるように多少意訳した。次の文に出る「これはつまり」にも同じことが言える。

 

[2] カルデアは現在のイラク南部やクウェート辺りの土地で、紀元前六世紀にはカルデア人がバビロニアを支配した。バビロニアでは天文学が高度に発達し、それと並行して占星術も発達したが、ここで言われている「カルデア人達の知恵」というのも占星術などのことを言っているのであろう。

 

[3] アンティオクス王とその娘は、本来父と娘であるが、「夫婦」となったことから、娘は王の「妻」であるといえる。一方、死に別れた王の妻は娘の母であるから、その娘の「夫」である王は、本来の妻の子の立場にあるとも言える。また、娘の方は、父王の「妻」であるから、「妻」としての娘は「夫」としての王に対しては「母」の立場にあるとも捉えられる。したがって、娘に求婚しに来たアポロニウスは、考え方によっては王の「母」に求婚したということになり、つまりは王の「父」になろうとしたということになる。王の出した謎は、このように様々な視点からの親子関係の解釈と関連したものであり、ここでの言葉もこれを踏まえたものとなっている。

 

[4] ここで突然言及されるコマや、その回転が速くて王が若返ったかのような錯覚を覚えたということについては、文脈上唐突でありまた意味不明の感が否めないが、これはラテン語版の写本における混乱や、古英語版の訳者の誤解などが重なった結果のようである。あるラテン語版では、アポロニウスが王をマッサージし、そのために王が若返ったとされている。詳しくは、上記底本の52-53ページの解説を参照。文脈上唐突ではあるものの、ここでは古英語原文に従って訳した。

 

[5] アポローンはギリシア神話における音楽や詩の神で、しばしば頭に植物を戴いた姿で描かれる。

 

[6] 古英語原文においては、この部分に、「お嬢様」と同格に置かれた「まだ決して悪い女性ではないお方」という意味の言葉が来るが、この文脈中では意味不明であり、またこの言葉がなくても差し支えないため、訳文にはこれを含めなかった。意味不明の言葉は、恐らく原典であるラテン語版のテクストの混乱のために生じたものであると言われている。詳しくは、上記底本の57ページを参照。

 

[7] ここで述べられていることから考えると、ここでのやり取りは蠟板を用いて行われていたようである。蠟板は板の表面に蠟が厚く塗ってあり、この蠟の部分に文字を彫って使うもので、文字を書いたり消したりが自在にできるので、紙やそれに類する物が一般的ではなかった時代には学校などでもノート代わりによく使われた。

 

[8] これ以降、古英語版のもととなったと思われるラテン語版の写本に不備があり、古英語版においても文が完結していない。他の写本においては、アポロニウスは難破して王位を失ったが、アルケストラーテス王の娘と結婚すれば、王位に返り咲くことが出来、その意味でも、約束が果たされるという趣旨の言葉が続く。

 

[9] 古英語版の写本においては、これ以降数葉が抜け落ちており、結果として話全体の半分以上が失われている。失われた部分の内容についても、ラテン語版をもとに詳細まで復元することが可能であるが、これについてはまた稿を改めて扱うことにしたい。古英語版においても、第二二節の後に続く第四八節において、これまでの話の流れが大まかに語られている。

 

[10] 「その地の主」とは、エフェソスにあるディアーナの神殿の女神官のこと。古英語版では失われた部分には、この女神官が、死んだと思われていたアポロニウスの妻(=アルケストラーテス王の娘)であるということや、アポロニウスが夢のお告げに従ってこの地を訪れたということが述べられている。

 

[11] ディアーナは月の女神であるが、処女性の守護神でもある。

 

[12] この最後の言葉はラテン語原文にはなく、古英語の訳者が付け加えた言葉であるが、古英語訳を日本語に訳した訳者も同じ気持ちである。。