Deor 『デーオル』

Deor は古英語のエレジー (elegies) のうちの一編で、詩人デーオルの苦境と過去の伝説あるいは歴史上の人物との苦境を重ね合わせた詩である。「これは過ぎ去りしこと。此度の苦難もまた過ぎ去らん。」という、苦境におかれた者に対する慰めの言葉と思われるリフレインが印象的である。

以下の邦訳は、G. P. Krapp and E. V. K. Dobbie (eds.), The Exeter Book, Anglo-Saxon Poetic Records 3 (New York: Columbia University Press, 1936), pp. 178-79 のテクストに基づく。

 

『デーオル』

  

   意思固き男、ウェールンドは、蛇紋様の剣(宝?)故に、[1]

   非道なる仕打ちに遭い、艱難を耐え偲ばざるを得ず、

   悲しみと希望とを友として、

   冬のように厳しい苦境と悲しみに耐えしなり。

 5 これ、ニースハードが善良なる彼を足枷に、                                         

   しなやかなる綱に繋いだがためなり。

   とはいえこれは過ぎ去りしこと。此度(こたび)の苦難もまた過ぎ去らん。

  ベアドヒルドは、自らの兄弟の死にも増して

   我が身に起こりしことを悲しみし、

10 私生児を身篭りしことが明らかとなりし折に。[2]                                    

   事態がこの先どうなるか

  気を確かに考えることすら(あた)わざりし。

   とはいえこれは過ぎ去りしこと。此度(こたび)の苦難もまた過ぎ去らん。

    我ら、メースヒルドの悲しみについて伝え聞きし。[3]

15  かのイェーアトの(おなご)の悲しみは底知れず、                                          

     悲しき愛故に、少しも眠ることすら出来なかったそうな。

     とはいえこれは過ぎ去りしこと。此度(こたび)の苦難もまた過ぎ去らん。

   セオドリッチは三十年の間

     メリング人の城砦に留まりし。[4] これ広く知られたることなりし。

20  とはいえこれは過ぎ去りしこと。此度(こたび)の苦難もまた過ぎ去らん。          

   我ら、エオルマンリーチの残忍さについて

     聞き及びし。[5]彼、ゴート人の王国のうちの

     広い地域の人々を支配せしが、いと荒々しき王なりし。

     多くの人々が災いを予見し、

25  悲しみに打ちひしがれ、絶えず                              

     彼の支配が打倒されることを願いし。

     とはいえこれは過ぎ去りしこと。此度(こたび)の苦難もまた過ぎ去らん。

   心悲しく喜びを奪われし者は、

     心中ますます陰鬱となり、自らの苦難に

30 終わりなしと感じ、やがて、この世の隅々に至るまで全てを

   常にみそなわすは全能の神であり、

   多くの者達に救いを、確かなる栄光を

   お示しになるのも、別の者達に

     災いをお示しになるのも神なりと悟るようになるものなり。

35    さて、我、自らのことにつきても語らん。

    我はかつてヘオデニング王家に仕える詩人なりし。

     主君に重用されし我が名はデーオルなりし。

     長年に亘り、良き地位保ち、

     恵み深き主君に仕えたれど、今や歌の技術に長けし

40  ヘオレンダが、かつて主君に与えられし

    我が所領を所有するなり。

    とはいえこれは過ぎ去りしこと。此度(こたび)の苦難もまた過ぎ去らん。

 



 

[1] ウェールンドは伝説上の名刀加治(および金属等の細工職人)として知られる。その腕前を高く評価し、彼を自分のためだけに働かせたいと考えた王により捉えられ、腱を切られ島に幽閉され、そこでこの王のための仕事をさせられたという話が伝わっている。「剣(宝?)の故に」という言葉も、恐らくそのような彼の腕前故にという意味であろう。

 

[2] ベアドヒルドはウェールンドを幽閉したニースハードの娘。ウェールンドは復讐のためニースハードの息子2人を殺し、ベアドヒルドを犯した上で幽閉地から逃れる。後にベアドヒルドはウェールンドの子ウィディアを生んだとされる。

 

[3] メースヒルドの名は北欧のバラッドによってのみ現代に伝わっている。これによると、メースヒルドは自らの死を予感し悲しみ、夫にこのことを打ち明け、夫は妻を守ろうとするが、結局妻は予感通り川に落ちて死ぬ(あるいは死にかかるが何とか助かる)。

 

[4] ここでははっきりとは述べられていないが、メリング人の城砦というのは、セオドリッチの亡命先であり、そこに三十年間留まったというのは、この人物の苦難の歴史を物語るものである。

 

[5] エオルマンリーチは4世紀後半の東ゴートの王で、文学作品では暴君として描かれることがある。