ラテン語とは?

Quid lingua Latina est?

What is Latin?

ヨーロッパの歴史や言語のことを学び始めるとすぐに、「ラテン語」という言葉をあちこちで目にすることになる。英国史や英語史を学ぶ場合にもそれは同じである。というわけで、ここではラテン語という言語について、簡単に紹介しておく。

 

ラテン語の起源・系統

ラテン語(Latin)は、インド・ヨーロッパ語族、その中でも特にイタリック語派に属する言語で、もともとイタリア半島のローマ付近、ラティウム地方(Latium)で話されていた言葉である。ラテン語という名前もこの地方名に由来する。

紀元前753年にこの土地に誕生した都市国家ローマで話されていたのもこの言葉である。ローマは徐々に勢力を拡大し、やがて地中海世界一帯を支配するローマ帝国へと成長していった。国の拡大と共にラテン語も地中海世界一帯に広まることとなった。

 

古典ラテン語 (Classical Latin)

一般に「ラテン語」といった場合、古典ラテン語のことを指す。古典ラテン語とは、共和制ローマの末期からローマ帝国時代の初期(80 B.C. ~ 3世紀頃)に活躍した、キケロ、カエサル、ウェルギリウス、オウィディウス、セネカ、タキトゥスなど偉大な著述家たちの使ったラテン語である。

 

俗ラテン語 (Vulgar Latin)

ローマ帝国が拡大し、ラテン語が地中海世界に広まり、各地で人々の間のコミュニケーションの道具として用いられるようになると、従来のラテン語(古典ラテン語)とは異なる口語ラテン語が人々の間で発達した。このラテン語を俗ラテン語という。

俗ラテン語は各地で土着の言葉の影響を受けながら発達し、特に476年の西ローマ帝国の崩壊後、6〜9世紀頃には、地方ごとの違いがかなり顕著になっていった。こうして、俗ラテン語から発達し、もはやラテン語とはみなされないほどに性質を変化させた言語のことをロマンス諸語(Romance languages)と呼ぶ。

ロマンス諸語はやがて現在のイタリア語、スペイン語、ポルトガル語、フランス語、ルーマニア語等へと発達していった。

 

教会ラテン語 (Ecclesiastical Latin, Chruch Latin, Christian Latin)

313年にキリスト教を公認したローマ皇帝コンスタンティヌス1世が使徒ペテロの埋葬された場所に教会を建て、ローマの司教がローマ教皇とされうようになるにつれ、ローマの言葉であったラテン語はキリスト教の言葉となっていった。

キリスト教が各地に布教され広まっていくと、キリスト教化した各地で聖職者を中心とする知識階級の人々がラテン語を使うようになり、そうして教会関係者の間で発達したのが教会ラテン語である。教会ラテン語を使った初期の著述家には聖書をラテン語に翻訳したヒエロニムスや『神の国』のアウグスティヌスなどがいる。

 

中世ラテン語 (Medieval Latin)

中世のキリスト教は、教育や学問と深く結びついていたので、ラテン語は教育・学問の言葉としてもヨーロッパじゅで広く用いられた。中世を通じてこの分野で用いられたラテン語を特に中世ラテン語という(教会ラテン語は中世ラテン語の一部とみなされることが多い)。

ちなみに、教育・学問の世界でラテン語を用いるという伝統は、ヨーロッパでは一昔前まで続いていた。例えば、僕の知り合いのイギリス人カトリック司祭(現在80代)が昔ローマのグレゴリオ大学で教えていた時代には、ラテン語で行われる授業もあり、彼自身もラテン語で授業を行うことがあったという。あるいは、僕の師匠で現在やはり80代の先生が昔ドイツに留学し博士論文を書いた時には、論文に使える言語は原則としてドイツ語かラテン語だったという。今でもヨーロッパのあちこちの大学で、卒業証書がラテン語で書かれていることはよくある。

僕の卒業した上智大学では、卒業後15周年で「銅祝」というお祝いがあり、その際に銅祝の証書をもらったが(ページ下の写真)、これもラテン語で書かれていた。上智では校歌にも「麗しのalma mater」とか、lux veritatis とかとラテン語がちりばめられており、そういうところも宗教と学問の言語としてのラテン語の伝統が留められている。

 

ラテン語と英語

ラテン語と英語は、ともにインド・ヨーロッパ祖語に端を発する言語であるが、ラテン語はイタリック語派、英語はゲルマン語派に属し、相当早い段階で(恐らく紀元前3000年前後には)互いに違う道を歩み始めた。英語はラテン語から派生した言語だと思っている人が少なからずいるが、インド・ヨーロッパ祖語からイタリック語派やゲルマン語派が分岐していったのは、ラテン語や英語という言語が出来るより数千年前の話で、両者に直接の派生関係はない(上記のように、ラテン語から派生した言語としては、イタリア語、スペイン語、ポルトガル語、フランス語、ルーマニア語などが挙げられる)。

ただし、絶大な影響力を持ったラテン語から、英語は絶えず影響を受けてきたため、英語にはラテン語に由来する単語が非常に多く入っている。詳しくは、拙著『英語のルーツ』、24−26ページ、およびこちらのページを参照。

 

有名なラテン語のフレーズや格言

ad hoc 「このための、その場限りの」

Alea jacta est. 「賽は投げられた」(シーザーがルビコン川を渡る時に言ったとされる言葉)

alma mater 「実り多き母、授けの母、母校」

Amor omnia vincit. 「愛は全てに勝つ」

Carpe diem. 「今日を楽しめ」(ホラティウスの言葉)

Cogito, ergo sum. 「我思う、故に我あり」(デカルトの言葉)

Defensor fidei 「信仰の擁護者」(ヘンリー8世がローマ教皇より与えられた称号)

Domine, dirige nos. 「主よ、我らを導き給え」(シティ・オブ・ロンドンのモットー)

Domine, quo vadis? 「主よ、何処へ行かれるのですか」(皇帝ネロの下キリスト教徒の迫害されるローマに向かおうとするキリストに対してペトロが言った言葉)

E pluribus unum 「多くのものから一つのもの」(アメリカのモットー)

Et tu, Brute ! 「ブルータス、お前もか」(シェイクスピアの『ジュリアス・シーザー』の中のシーザーの台詞。シーザーが暗殺される直前に、暗殺者の一団の中に友人ブルータスを見つけて言った言葉。)

ex libris 「(〜の)蔵書」(図書館などの本に付けられる蔵書票に用いられる言葉)

In hoc signo vinces. 「汝この印のもとに勝利す」(コンスタンティヌス1世を戦いで勝利に導いたとされる言葉。「この印」とは十字架のことで、この勝利をきっかけに、コンスタンティヌス1世はキリスト教を公認したと言われている。)

in memoriam 「(〜を)追悼して」

In vino veritas 「ワインの中に真実あり」(「酒を飲んだ時の話の中に本当のことが述べられる、酒を飲んだ時にこそ本性が現れる」という意味)

memento mori 「死を思え、いつか死すことを忘れるべからず」

Mens sana in corpore sano 「健全な精神は健全な肉体に宿る」(ユウェナリスの言葉)

vice versa 「逆に、あべこべに」

via media 「中道、中庸」

Veni, vidi, vici. 「来た、見た、勝った」(シーザーが戦争の勝利を知らせた言葉とされる)

Vox populi, vox dei. 「民の声は神の声」

Dominus illuminatio mea 「主はわが光」(オクスフォード大学のモットー)

Artes vitae serviunt, sapientia imperat. 「技は人生に仕え、知は(人生を)統御す」(セネカの言葉)

 

ラテン語に由来するアクロニム等

AD 「西暦」 (< anno Domini 「主の年において」) 

AM 「午前」 (< ante meridiem 「正午前」)

PM 「午後」 (< post meridiem 「正午後」)

QED 「証明終わり」 (< quod erat demonstrandum 「証明されるべきだったこと」)

e.g. 「例えば」 (< exempli gratia 「例を挙げれば」)

etc. 「など」 (< et cetera 「それとその他」)

i.e. 「つまり」 (< id est 「つまり」)

N.B. 「注意せよ」 (< nota bene 「よく注意せよ」)

RIP 「安らかに眠れ」 (< Requiescat in pace 「安らかに休め」)

& < et 「そして」

! < io (「おお!」の意の間投詞。これを縦に並べたものがやがて ! となった)

? < q(uaesti)o (quaestio「質問」の最初と最後の文字を縦に並べたものがやがて?となった)

 

ラテン語の歴史に関する概説書

Tore Janson, A Natural History of Latin: The Story of teh World's Most Successful Language (Oxford: OUP, 2004).

James Clackson and Geoffrey Horrocks, The Blackwell History of the Latin Language (Chichester: Wiley-Blackwell, 2011).

一つ目の方が読み物として良く出来ている。二つ目はやや専門的。