14世紀イングランドの言語事情とPolychronicon 『万国史』

英語とフランス語の位置づけ 〜 英語の地位が向上 (pp. 184-187)

14世紀は英語の歴史にとって非常に重要な世紀であった。1066年のノルマン征服以降、イングランドはフランス語を話す人々に支配され、フランス語が公式な言語となっていた。14世紀はじめまではこのような状態が続いたが、14世紀半ばから後半にかけて、徐々に支配者層の間でもフランス語が廃れ始め、それと入れ替わるように英語が広く使われるようになって行った。1362年には議会の開会が初めて英語で宣言され、同年には法廷での言語が英語となった。このことから、一般に、1362年は英語「復活」の年とされる。

このような14世紀イングランドの言語事情と関連した面白い記述がある同時代の作品として、pp. 184-187 において、Polychronicon という歴史書のことに触れたが、この作品は日本ではあまりよく知られていないと思われるので、ここではこの作品について少し紹介したい。

Polychronicon は、恐らくイングランド西部出身の Ranulph Higden (c. 1280-1364) というベネディクト会修道士がラテン語で著した、世界の歴史をまとめた作品で、日本語では 『万国史』として知られている。Higden がこの作品を著したのは14世紀前半で、当時のイングランドではまだ上流階級の人々を中心に、フランス語がある程度広く使われていたようである。Polychronicon でも、「英語の劣化」のことが述べられ、その一因がフランス語による学校教育にあると述べられている。

Polychronicon は15世紀に相当広く読まれたようで、100以上の写本が残っている。この作品が広く読まれていたこととも関連し、15世紀後半(1387年)にはこの作品が英語に翻訳されている。翻訳したのは、コーンウォール出身の John Trevisa (1342-1402)という人物で、基本的には翻訳であるが、所々に Trevisa の言葉が書き加えられている。上記の「英語の劣化」と関連する部分には、Trevisa の時代には学校教育は英語で行われるようになっていたということが述べられている。このように、Higden のラテン語版および Trevisa の中英語版からは、13世紀前半および後半のイングランドにおける言語事情が垣間見られ興味深い。

Trevisa の中英語版は15の写本により現代に伝えられているが、そのうちの一つは日本の専修大学図書館に所蔵されている(左の写真は専修大学写本の fol.15r の画像。このページには装飾が多く施されているが、多くの場合これよりも大分地味)。これは2005年に購入されたもので、それ以前はノルウェーの個人コレクション(Schoyen Collection)に含まれていた。専修大学所蔵の写本の画像はインターネット上でも公開されている。

Polychronicon の中英語版は、15の写本に加え、イングランド最初の印刷業者として知られる William Caxton により1482年に印刷・出版された初期印刷本としても残っている。以下はそのうちの一ページ(筆者蔵)。これは第6巻、12章の一部で、10世紀末のアングロ・サクソン・イングランドについて扱われた部分。